行って来ました。
God 井上
こと
井上雄彦さんの最後のマンガ展。
泣けた。
いやー、ゴットだね。
いや、知ってましたよ。
百も承知です。
あれだけ一枚の絵を時間をかけて見たことはない。
この個展。
知っての通りマンガ展なんですよ。
だから一枚一枚が独立してない。
原画展とかじゃないんです。
空間に漫画がっ!!!
一枚も欠けてたら完結しない。
そんな世界だった。
『空間に漫画』
その意味がわかりました。
私は絵画展とかほとんど行かないんですけど
たまに行くと思うのは、全部見終わるまで結構しんどい。
ってこと。
見るの好きなんですけど、作品一つ一つで見るテンションが違う。
要するに最後の方とかやっつけで見ちゃったりします。
それは一枚一枚に繋がりとか脈略とかがないからなんです。
これが全部繋がってる世界観だったら面白いのに。っていつも思うんです。
それは絵画展に限らず写真展とか現代アート展とか
だいたいのものに言える。
例えば作品がいくつかあるならば
一個で完結する世界ではなくて全部で一つになれるような
展示の仕方が一番素敵で飽きないものだとずっと思っていました。
自分が展示するならそういう形がいいなって。
贅沢を言えばそこに物語があって、言葉によって
一枚一枚、もしくは、一個一個を繋いでいけたらいいと思ってたんです。
あ。漫画しかないんじゃ?
って思った。
そんで、井上さん。
私の理想を完璧に実現してた。
それだけでも涙が出そうだった。
でも、ただ漫画の1ページ、1ページを描いて壁に貼るだけじゃ
家で漫画読んでるほうがいいじゃない?
楽だし、充分楽しめるし。
これが、違うんだな。
A4の紙の上では表現できないものがそこにはあった。
美術館の空間に漫画が描いてあったんです。
もう、全体でコマ割してあった。
ここでやる意味があった。
漫画の可能性は無限だと思った。
私はそこで
武蔵の、胤舜の、吉岡清十郎の、宍戸梅軒の、石舟斎の
おつうの、城太郎の、無二斎の魂を見た。
そして最後に井上雄彦の魂を見た。
漫画家は作品より目立つわけにはいかない。
井上さんは結構メディアに出る作家だけど、
創り上げるキャラが強烈な存在感を持っているから
読者に描き手をいい具合に意識させない作家だと思う。
しっかり武蔵の存在を一番に感じることができましたよ。
確かにあの美術館全体が漫画でした。
一歩一歩進む毎にページをめくるようだった。
私は平日に行ったけどそれでも結構人がいました。
でもあるゾーンに入った時に、たまたまそのゾーンは私だけだった。
たった一人で大きなコマと向き合っているとすごく神聖な気持ちになった。
確かにそういうシーンではあったけど、それだけのせいじゃない。
浄化されてくような。
ふわふわと少しだけ浮いてるような。
少しだけ何かから自由になれたような気がした。
気持ちよかったです。
あ!そう!気持ちよかった。
そんな感じの個展でした。
井上さんはずっと漫画家でいて欲しい。
色んな新しいことに挑戦していく方ですが、
あくまで漫画家井上雄彦として、今までにない漫画表現をして行って欲しい。
これからも漫画を描いて欲しいんです!!!
そう改めて強く思うのでした。
読んだ漫画のレビューを書いてます。
かと思えば、
自分と世の中の微妙なズレを
嘆いてみたり、
恋に思いを馳せたりしています。
無駄に湧き上がる言葉達よ。
記事が長いのは本当申し訳ない。
暇な仕事中とかにちょろっと
見れるようなブログ目指してます。
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うまくできるかどうかは別ですが。
だから何でも言葉にしてしまいます。
そんな自分に時々疲れます。
私の人生は漫画に彩られ
妄想に支配されている。